ピィ───…
雲一つない真っ青な空へと向かって、2羽の鳥が飛び立って行く。
まるで迷いなど何一つ無いかのように、真っ直ぐに──。
「何を見ているんですか?」
宿営地から少し離れた丘の上に一人座っていると、突然頭上から声が聞こえてきた。
『あ、紫義』
見上げるとそこには少し呆れたような顔をした紫義が立っていた。
紫義は私の背後に立っている為、見下ろされた私からは紫義の顔が逆さまに見える。
きっと紫義からも私の顔は逆さまに見えているのだろう。
「……まったく…。
"水を汲みに行く"と言って出て行ったきり戻って来ないからと心配して来てみれば…。」
紫義の言葉を最後まで聞かなくても言いたい事はすぐに解った。
丘の上に川なんてあるわけがない。つまり──
『えへへ…なんか道に迷っちゃって…』
「麻理子…。
だからと言って川と反対方向に向かうなんて、迷うにも程がありますよ。」
『…スイマセン…』
更に呆れたように──とゆうか呆れ顔で話す紫義に、さすがに顔を向け続ける事は出来ずに、恥ずかしさに顔を俯かせながら私は小さく謝った。
「この辺りは野盗等も出る事があるのですから、あまり一人では出歩かないで下さい。」
『………。』
あれ?
もしかして──なんだかんだ言って本当は私の事心配して来てくれた……?
『……えへへ…。ありがとう…紫義。』
紫義のそっけない優しさが嬉しくて、私はつい笑顔になってしまった。
普段は無表情で冷たい…そんな紫義が時折見せるもしかしたら気付かずに通り過ぎてしまいそうなくらい不器用な優しさ。
だからこそ、その優しさに気付いた時には本当に本当に嬉しくて仕方なくなってしまう。
「さぁ、いつまでものんびりしていると日が暮れてしまいますよ。
今度は僕も一緒に行きますから早く川に向かいましょう。」
そう言って紫義が私に手を差しのべてくれた。
それは出逢ったばかりの頃にはとても考えられない事…。
なんだかまた嬉しい気持ちでいっぱいになりながら、私は紫義の手を取り立ち上がる。
「足もとが不安定ですから気をつけて下さいね。」
『うん、大丈夫───わっ!?』
紫義の後に続いて歩き始めた途端、ずっと座り込んでいたせいか突然足の力が抜け、更に地面のくぼみに足を取られてバランスが崩れた。
視界に入る総てのものが次々と角度を変えて眼前を通り過ぎていく。
『───っ!!!』
「麻理子っ!!」
やがて来るであろう痛みに耐えるために強く目を閉じた時。
紫義が強く私の腕を掴み引き寄せた。
ドサッ
けれど倒れる体の勢いには勝てずにそのまま容赦無く地面へと打ち付けられる。
『───……?』
全身に走るはずの痛みを覚悟したはずなのに、何故か私は体のどこにも全く痛みは無かった。
「……まったく…貴女は本当に放ってはおけない人ですね。」
『───ッ!!?』
恐る恐る目を開けると、そこには紫義の姿。
私を引き寄せた後に自らが下敷きになる事で助けてようとしてくれたらしく、私は紫義の腕の中で護られていた。
『ごっ…ごめんね紫義っ!!
背中、強く打ったでしょ!?
他にはどこか強く打たなかった?
本当にごめんね!私なんかのせいで──』
「いいからここに居なさい。」
『!?』
慌てて起き上がろうとした私の体を、紫義は再び自分の方へと引き寄せた。
「しばらく大人しくしていて下さい。
そんなに慌てて立ち上がられてもまた倒れるだけです。」
『……ハイ…』
つまり、少し落ち着いてから行動しろ、とゆう事なのだと思う。
……だけど、紫義が草の上に寝転んで、その上に私が寝てる……。
この状況では落ち着くどころか余計にどうしたら良いか解らなくなってしまう。
「…なんだか不思議ですね…」
沈黙があまりにも息苦しくて、それをどうにか埋めて気を紛らわそうと話題を探している私に、紫義が呟いた。
「僕は今までずっと、戦いが総てだと思っていました。
我が主の為。倶東の為に戦い続け、僕の手は血に染まる為だけに在るものだと──」
『…でも、その手で私を助けてくれたわ!』
私は、これまで紫義がどんな事をして来たのかなんて知らない。
だけど、紫義の発する言葉の端々に強い痛みがあるような気がして……つい紫義の言葉を封じてしまった。
少し顔を上げて紫義の事を見てみると、紫義は少しだけ笑いかけてくれた。
「ええ…そうですね。
麻理子と居ると本当に調子が狂ってばかりいます…。」
紫義に言われて、ふといままでにやらかしてしまった破天荒な行動を思い起こしてみた。
『……ごめん…私、紫義に迷惑ばっかりかけてるね…』
もう思い出すのも恥ずかしくなり、がっくりと肩を落として謝るしかなかった…。
「誰が迷惑と言いましたか。」
『え…?』
紫義の思いがけない言葉に、再び顔を上げてみる。
「迷惑だと思うなら、僕は麻理子を傍に置いたりはしませんよ。」
『………。』
確かに、紫義の性格なら邪魔だと思えば決して近くに居る事を許してはくれないだろう。
…それなら、私…紫義の傍に居て良いって事だよね…?
そう思ったら無性に嬉しくなって、ぎゅうっと紫義に抱き付いた。
『そっか…良かったぁ…』
「本当に…不思議な人ですね…。」
甘えてくる子どもをあやすように、優しく紫義も私を抱きしめながら呟き始める。
「麻理子が来てから、僕は今まで自分が知らなかった自分を沢山知りました。」
ヒュウッ
突然強い風が通り過ぎて、私の耳を塞いだ。
「──そして…今まで知らなかった気持ちも……。」
『え……?何?』
風の音で紫義の最後の言葉がうまく聞き取れなかった私は、もう一度聞きたくて紫義の顔をのぞき込んだ。
「…同じ台詞は、二度は言いませんよ。」
紫義が少し悪戯っぽく笑って私の頬に手を伸ばす。
少しひんやりしている紫義の手の冷たさが、熱をおびた肌には心地良い…。
「……麻理子…僕は…」
紫義が躊躇いがちに何かを言いかけた。
私は次の言葉を待ってじっと紫義を見つめる。
…けれど、次の言葉は出ては来なかった。
黙ったまま私を見つめ返す紫義の瞳に、ほんの一瞬熱がこもったように見えた───次の瞬間。
『───…っ』
紫義の顔が、これ以上無い程の近さで目の前にあって…私の胸が強い鼓動を打った。
唇を通して伝わる温もり。
それは…この人がこの世界に存在しているという確かな証。
紫義の、言葉では決して伝えてはくれないであろう真っ直ぐな想いが嬉しくて……そして哀しかった。
私は、もうすぐこの世界から居なくなる。
私が居なくなったら、この人が違う誰かへの想いを抱く日がいつか訪れるんだろうか。
この腕の中に、私じゃない違う誰かが──……。
「……麻理子…?」
いつの間にか零れていた私の涙に気付いた紫義が、少しだけ顔を離して呟いた。
『あれ…?
おかしいな…なんで泣いてんだろ私』
手の甲で涙を拭いながら、なんとか紫義に向かって笑顔を返そうとしたけれど、紫義は私の心の中を見透かしているように、黙って私を見つめていた。
ピィ──…
遠くから、再び二羽の鳥の鳴き声が聞こえた。
頭上には果てなく続く青い空。
元の世界と全く同じ色の──…。
『ねぇ紫義。
いつか私が元の世界に帰る時が来たら……その時は私の事は忘れてね…?』
二度と逢えない私の事を、決してその心に遺してなんておかないで。
貴方が貴方らしく、前を向いて歩いて行く為に。
だけど──…
『だけど……今だけは』
呟きながら、私は紫義の手をとり、そっと握りしめる。
『今だけは──紫義の傍に居させて……?』
そこまで言って、今度は私の方から紫義にそっと口付けた。
紫義は、何も言わない代わりに優しく……優しく私を抱きしめてくれる。
それは、私の願いに許しをくれるとゆう事……。
───何に縛られる事無く、何も迷う事無くこの腕の中に飛び込む事が出来たらどんなに幸福だったろう。
此処にいつまでも居る事が許されるなら、どんなに沢山の気持ちを伝え合えただろう。
けれど総ては許されざる泡沫の夢。
いつか──この蒼い空の下で…もしももう一度貴方に出逢える事があるなら。
遠い遠い遥か彼方の私の世界と、貴方の世界が何処かで確かに繋がっているのなら。
その時は二人で飛び立つ事も出来るかな…?
何の迷いも無く。
ただお互いが求める場所へと──…。
だから今は言わない。
総ては心の奥へと閉じ込めておこう…。
私達の運命が、本物になる日までは──…。
End
~あとがき~
はい、お疲れ様でした~(^∀^;
①作目より少し短く、でも内容濃いめで!!…と頑張ってはみたんですが…なんだかまだLoveが足りない気がします…(x_x;)
とゆうか紫苑が書く小説は最終的にはシリアスに向かっちゃうのが悪いんでしょうね…まだまだ修業が足りないです…(>_<。)
次は短く!明るく!を目標に頑張ります!!(本当に大丈夫か!?)