トントントン…
空が綺麗なオレンジ色に染まり始めた頃、私は宿営地で寝泊りする兵士達の為の夕食の準備を手掛けていた。
何もしないでただ宿営地の人達にお世話になりっぱなし、というのも心苦しいのでせめて食事の用意くらいは…と買って出たのは数日前。
最初は微妙だった料理の腕も今ではだいぶマシになってきた。
『──……』
ふいに、懐かしい顔が頭の中をよぎった。
『…匠…どうしてるんだろう…』
匠に最後に会ったのは初めて紫義にここへ連れて来られた日。
もう何日前になるだろうか。
『…ここに戻って来たのも元々は匠に会う為だったんだけどなぁ…』
「考え事をしながら刃物を扱っては危ないですよ?麻理子。」
顔を上げると、いつの間にかすぐ側に紫義が立っていた。
『あ、紫義…』
腕を組んでこっちを見ている紫義の顔が何か言いたげな表情をしている。
『大丈夫だよ!いくら私だってそんなにしょっちゅうケガなんて──』
ザクッ
『…………。』
自信あり気に紫義に向かって不敵に笑った瞬間、紫義の心配が的中した。
恐る恐る紫義の方にもう一度目を向けると、紫義が呆れたようにがっくりと頭を下げている。
「…だから危ないと言ったんです。
とにかく手当てをしますからこちらに来て下さい」
『あ…平気だよ!少し指から血が出てるだけだし…これくらい──』
「いいから黙ってついて来なさい」
そう言うと、紫義は私の腕を掴んで天幕の方へと進んで行く。
「──それで?先程は一体何を考えていたんですか?」
慣れた手つきで私の傷の手当てをしながら、おもむろに紫義が口を開いた。
『あー…うん、まぁ、色々と…』
なんとなく匠の事が言い出しずらかったので、適当にごまかしてみた。
「タクミ…の事ですか?」
『え…?』
紫義にあっさりと言い当てられ、思わず心臓が跳ねる。
…もしかして…独り言とか全部聞こえてた…?
「タクミの事がそんなに心配ですか…」
『だ…だってタクミは私が巻き込んじゃったせいでこっちに来ちゃったわけだし…』
「…それだけ…ですか?」
紫義がふいに手を止めて、じっと私の目を見る。
『あ…あと、幼なじみだし!私が何とかしてあげなきゃいけないじゃない?やっぱり…!』
紫義の視線に耐え切れなかったので、私は胸の鼓動を抑えながら目を逸らした。
「………そうですか」
…あれ?なんか…今紫義の声がワントーン下がったような…
「───これで手当ては終わりです。
これからは気をつけて下さい」
『あ…どうもありがとう。紫義…』
薬品を片付ける紫義の後ろ姿に向かってお礼を言って、私は天幕を後にする。
紫義の様子がいつもと違う事は気にかかったけど、とりあえず今は夕食の準備が先だ。
そう言い聞かせて私は自分の作業に戻る事にした。
辺りはすっかり闇に包まれ、空高くに真っ白な三日月が昇った頃。
「麻理子、居るか~?」
誰かが私の天幕を訪ねて来た。
外に出てみると、そこに居たのは緋鉛だった。
『どうしたの?緋鉛が訪ねてくるなんて珍しいじゃない』
「あ~…それが…紫義の事なんだけどな」
『え…?』
紫義の名前を聞いて、思わずドキっとする。
「なんか珍しくヘコんでたからな…励ましてやろうと思ったんだけど…どうやら逆効果だったらしい」
『……逆効果…?』
いまいち緋鉛の言いたい事が解らずに顔をしかめていると、緋鉛が面倒くさそうに私に向かって話す。
「とにかく!俺じゃどうしようもねェから、お前ちょっと紫義のとこ行って様子見て来いよ」
『は?ちょっと…緋鉛!?』
緋鉛に無理矢理背中を押されて天幕から離された。
当の緋鉛は「紫義をどうにかするまで戻って来るんじゃねェ」と言わんばかりに私の天幕の前で目を光らせている。
はぁ…
そりゃあ確かに紫義の事は気になったけど…だからってどうして私が…
そんな事を考えながら歩いているうちに、紫義の天幕の前まで辿り着いてしまった。
『…………』
ここに来てなお、中に入ろうかどうしようか悩んでしまったが、でも緋鉛が居るから自分の天幕には戻れない。
なら、さっさと用事を済ませるしかない…
よしっ!頑張れ自分っ!!
『紫義!入るわよ!』
無理矢理自分を励まして勢い良く中へと入った。
『………ん?』
天幕に入った瞬間、普段はしないはずの匂いが鼻をついた。
この匂い…お酒……?
その瞬間、さっきの緋鉛の言葉が頭をよぎった。
逆効果ってまさか…これの事……?
つまり、紫義の相手というより、酔っ払いの相手をしろって事…!?
緋鉛~~~ッ!!!!
「麻理子…?」
緋鉛への怒りにうち震えていると、突然天幕の奥から声がした。
その声の主は、もちろん紫義。
「どうしたんですか…こんな時間に」
『あ~…えと、昼間…なんか紫義が元気無さそうに見えたから…ちょっと心配で…』
紫義の様子が普段とあまり変わらない事に少しほっとしながら答える。
なんだ…いつも通りの紫義じゃない。
この様子じゃ紫義はお酒飲んでないみたいだし…
「心配……僕を…?
何故ですか?」
『え…?
何故って…だって落ち込んでたら誰だって心配くらいするわよ』
そう言って紫義の方に顔を向けると、紫義は私の心の中を探るように、真っ直ぐに私の瞳を見つめている。
そ…そんな目で見ないでよ……
息苦しさと、どんどん熱くなっていく顔をどうにかしたくて、慌てて目を逸らした。
『ま、まぁ私の思い違いなら良いんだけど…』
紫義には見えないように、そっと両手を頬に当てて熱を下げようと頑張ってみる。
『だけどもし何か悩んだりしてるなら…せめて話聞くくらいなら私にも出来るし…』
それでもまだ顔が赤くなっていくのが止まらなかったから、言いながら私は紫義に背を向けた。
「それでは一つだけ…
麻理子に聞きたい事があります」
『え?なに───』
やっと会話の糸口が見え始めた事に安堵しながら振り向こうとしたその瞬間。
『紫…義…?』
突然、後ろから強く紫義に抱きしめられた。
「麻理子の中で僕とタクミ…どちらが大切ですか…?」
『な…何言って──』
「答えてください…麻理子」
紫義の腕を振りほどこうともがいてみても、私なんかの力じゃどうしようもなかった。
『ど…どっちなんて聞かれても解んないよそんなの…っ!!』
匠は…もちろん長年の付き合いで家族みたいなものだし…紫義は初めて好きになった人で───…
でも、本人の前でそんな告白同然の事を面と向かって言えるわけ無い
『とにかく離して…!』「離しません…
僕は麻理子の気持ちが知りたいんです…」
『…………』
紫義の思わぬ行動と発言で頭がすっかりパニック状態に陥っている私にはもはやこの場を切り抜ける言い訳すら思いつかず、ただ黙り込むしかなかった。
「……やはり…タクミなのですか…?」
紫義の言葉を否定する事も、肯定する事も出来ずにいると、抱きしめられていた紫義の腕がふいに緩んだ。
けれど次の瞬間。
肩を強く掴まれると、強引に紫義の方へと体を向けられた。
「何故…タクミなんですか…!」
肩を掴む紫義の手に一層力が加わる。
「貴女と同じ世界に生まれ、生きて…今なお貴女の心に留まり続ける……何故それがタクミなんですか…!!」
『紫義…?』
「何故…僕ではないのですか…!」
『───…』
そう呟く紫義の顔があまりにも哀しそうな表情だったから…私の心にも強い痛みが走った。
『紫義…ごめん…』
気がついたら私の腕はぎゅっと紫義を抱きしめていた。
『ごめんね…二人のどっちが大切かなんて…私には決められない…
だって二人への気持ちは…全然違うものだから…』
───絶対に、言わないって決めてたのに…
どうしても、言わずにはいられなかった。
『匠は…家族に対する気持ちと同じ…なんかほっとけないなって…それだけだよ…でも───』
「…でも…?」
紫義が顔を上げ、私を見つめながら先を促すように、静かに問い掛けてくる。
『紫義は…違う…』
生まれて初めての告白に、自分でも信じられないくらいに胸がどんどんその鼓動を速めていく。
そのまま話し続けたら、息苦しさに倒れてしまう気がして、私は紫義の顔から少しだけ視線をずらした。
「…麻理子…ちゃんとこちらを見て…」
そう言って紫義にあっさりと顎先を持ち上げられ、顔は紫義の方へと向けられる。
真剣な眼差しを向けられて一段と大きく胸が高鳴った。
『私が…ずっと傍に居たいって思うのも…
心に思い浮かべるだけで息苦しくなるのも…
全部…紫義だけだよ…?』
隠していた想いを口に出した瞬間、なぜだか目の前の紫義の顔が歪んで見えた。
『紫義だけ…なんだから…』
そこまで言うと、喉の奥が詰まってそれ以上は何も言えなかった。
そして、発せられない言葉の代わりに涙が零れ落ちる。
「麻理子……」
紫義は嬉しそうに微笑むと、唇でそっと私の涙をすくってくれた。
「僕も貴女を愛しく思っています…」
紫義の手が優しく私の髪を撫で、そのまま包み込むように背中へと回される。
「麻理子…せめて僕と一緒に居る間だけ…
どうかそのひと時だけは…他の誰も、貴女の心に触れさせないで下さい…」
背中へと回された手が、私の頬へと移動する。
「…今だけは…僕だけの麻理子で居て下さい……」
それだけをそっと囁くと、紫義はゆっくりと私に唇を重ねた。
──しばらくして、どちらからともなく唇が離れ、なんとなく照れ臭い気持ちを抱えながら、私はそっと紫義の方へと目を向けてみる。
見つめた先に居る紫義も、柔らかい微笑みをたたえながら私を見ていた。
なんだか宝物でも見つけたかのような幸福感が私の心を満たしていく。
「麻理子…」
『え……?』
紫義が急に自分の体重をかけるようにして私に抱き付いて来た。
突然の事に私は体を支え切れず、二人揃ってその場にゆっくりと倒れ込んだ。
「なんだか…今夜はこのまま眠ってしまいたい気分ですね…」
倒れてもなお、紫義は私をしっかりと抱きしめたままで、クスリと笑いながらそんな事を口にした。
『うん…良いよ。私もこのまま眠っちゃいたい…』
私がそういうと、紫義は私の顔を覗き込み、二人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
自分の気持ちを素直に伝える…たったそれだけのことでこんなにも人は幸せになれるんだ…
紫義はお酒で酔った勢いだったかもしれない…
でも、それでも普段は決して感情を表に出さない紫義がこんなにも私を想ってくれていた。
それだけで私は胸が愛しさでいっぱいになる。
『ねぇ紫義…
やっぱり…こんな暖かい気持ちをくれるのは…私には紫義だけだよ…』
「ええ…僕も、貴女だけですよ…麻理子…」
END
~あとがき~
お疲れ様でした♪
紫義サマのヤキモチが書きたい一心で作ったお話です(笑)
紫音の個人的な意見ですが、なんとなく紫義サマは独占欲とか実は強いんじゃないかなぁ…と思ったので…
でも普段の紫義サマはポーカーフェイスが上手いから無理があるだろうと思い、緋鉛を利用させて頂きました(^-^;
途中主人公と緋鉛だけしか出てこない部分があるのがちょっと気になりますが…私の構成力ではこれが限界でしたι
スイマセン…(T_T)
最初はここまでLove②にする予定は無かったんですが…なんかKinKi Kidsの『愛のかたまり』とゆう曲が急に聴きたくなりまして…聴きながら書いたらこんな事になりましたι(FANの方…こんな所で名前と曲名書いちゃってごめんなさいっっ!)
そのおかげでまたしても長いです…
もっと上手く話を組み立てられるようになりたい……
でも前回はなんか哀しいキスでしたが今回は幸せなキスにしてあげられて良かったです(*^_^*)
ともあれ…ちょっとばかり独占欲が強い男の人には惹かれますねぇ……vV