『いったぁ…』
ズキズキと痛む足を押さえながら、ほんの数秒前まで自分が立っていた場所を見上げてみる。
上までの高さは3m以上はあるだろうか。
突き出た岩や木の根などにうまく掴まる事が出来れば上まで上がれるかもしれないが、落ちた拍子に痛めてしまった右足は動かそうとしても鈍い痛みが邪魔をして、自力ではほとんど動かす事は出来なかった。
『……どうしよう…』
見上げた空は厚い雲に覆われ、見渡す世界は激しく吹き付ける雪で白く霞んでしまっている。
16年間東京で生きて来た私には、経験した事のないくらいの吹雪だ。
このままここに居てはいけない事くらい解っている。
けれど、この足で吹雪の中何処に向かえば良いのだろう…。
「こんな所に居たのですか!」
胸の奥を絶望という名の闇が包み込もうとしたその瞬間。
吹雪の轟音の中であっても、決して聞き間違えるはずの無い愛おしい声が耳をついた。
『…紫義……?』
見上げると、そこには少し怒ったような表情をした紫義が呼吸を乱れさせながら立っていた。
『紫義…どうして…』
言葉を放とうとした私を遮るように、紫義は軽やかに跳び私の前へと降り立った。
「……話はあとです。
ここに来る途中、洞窟を見かけました。
まずはそこへ向かいましょう。」
そう言うと、いつの間にか私が足を痛めている事に気付いたらしい紫義は軽々と私を抱きかかえてその場を後にした。
『───し…紫義…?』
「───……」
程無くして私と紫義は無事に洞窟まで辿り着く事が出来たが、何故か紫義は私を抱きかかえたまま、その場から動く事無く立ち尽くしていた。
『紫義…もう大丈夫だから、降ろしてくれて平気だよ?
あの…重いだろうし…』
「……は…」
『え…?』
「貴女は…どうしていつもそうなのですか…っ!」
『──……』
「もし僕が見つけるのがもう少し遅かったら──」
そう言う紫義の肩が、僅かに震えているように見えた。
ふいに、紫義が私を見つけてくれた時呼吸を乱れさせていた事を思い出した。
『……心配…してくれたの…?』
紫義は何も応えはしなかったけれど、それでも紫義の想いは私の心に届いていた。
『心配かけてばっかりで、ごめんね…』
言いながらこつんと自分の頬を紫義の胸に当ててみると、穏やかな鼓動が伝わって来る。
不思議…
ほんの少し前まで、あんなに不安だったのに、今こうして紫義の腕の中に居られるなんて…
長時間の緊張から解放されたせいか、そんな事を考えているうちになんだか眠くなってしまった。
『紫義…ありがと…』
心地良い安堵感と温もりに包まれたままで、私はゆっくりと意識を手放して行った。
頬に優しく触れる、柔らかな感触を感じながら───…
パチパチ……
暗く静かな洞窟の中に、薪の燃える音が響き渡る。
『……ん…』
「目が醒めましたか、麻理子」
ゆっくりと目を開けると、紫義の優しい笑顔が目の前にあった。
『紫義……?』
ぼんやりとした感覚のまま、ゆっくりと体を起こし周囲を見渡してみる。
すぐ隣には紫義。
私の背中には紫義の腕…
そして私が座っている場所は───
『………!』
紫義の、膝の上。
『し…紫義?もしかして私が寝てる間ずっと…』
抱きしめてて…くれたの…?
「今夜は相当冷えますから…」
よく見たら、怪我をした足も簡単な手当が施されている。
他人には無関心そうな紫義。
でもいつだって本当はちゃんと見ていてくれて、考えてくれている…
そんなさりげない優しさが、すごく好き……
入口に目をやると、外は既に日が落ち、厚い雲に遮られて月明かりすらも無い、真っ暗な闇が総てを包み込んでいる。
『吹雪…もう止んだのかな…?』
紫義の隣に座り直しながら、話しかけてみる。
「いいえ…風が止んだだけですよ。
雪は静かな夜ほど降り積もるものですからね」
『そっか…
明日の朝には止んでくれるといいよね』
「さぁ…どうでしょうね…」
ふと、陣営に居るみんなの事を思い出した。
私はともかく、紫義が陣営を離れたままなんて凄くマズイはずだ。
『みんなにまた迷惑かけちゃったな…
紫義からの指示も無いままじゃきっと困ってる…
ごめんね。
こんな事になっちゃって……』
ふわ…っと、突然私の頭を紫義が撫でてくれた。
「麻理子のせいではありません。
僕が勝手に麻理子を追い掛けて来ただけです。」
優しい紫義の言葉。
でも…それはそれで余計に自分への情けない気持ちでいっぱいになる。
『…なんか…私ってば何をやっても空回りばっかりだなぁ…』
紫義やみんなを困らせたいわけじゃ無い。
ただ、自分に出来る事をやろうとしただけだったのに……
「……そういえば…麻理子は何故こんな所まで一人で来ようとしたのですか?」
『え…』
「貴女がなんの理由も無くこんな所まで来るはずは無いでしょう」
『………』
「麻理子?」
紫義がきょとんとした表情で私の顔を覗き込んで来る。
『薪を…集めたかったの…』
「薪…?」
『陣営にある薪がだいぶ少なくなってたし…
今日はすごく寒くなりそうだったから、沢山集めようと思ったの…
でも、思ったより集まらなくて…』
「それで、こんな離れた場所まで来てしまったのですか?」
『うん…』
そこまで言い遂げると、再び自己嫌悪の波が私を襲い始めた。
『……ごめん…』
「何故謝るのですか?」
『だって…
こんなに迷惑かけたのに…
結局薪、全部落として来ちゃったし…』
遠くまで来た甲斐あって、薪は沢山集まっていた。
なのに…あの時崖から落ちた拍子にその苦労の結晶はいとも簡単に辺り一面に散乱し、雪に埋もれてしまった。
肝心の薪すら落としてしまったのでは、何のためにここまで来たのかさえ解らない。
『これじゃ本当にただの役立たず───』
言いかけた言葉を遮るように、紫義が突然私を抱き寄せた。
「そんな事はありません…」
紫義の行動にドキドキしている私にはお構いなしに、紫義は言葉を続ける。
「麻理子が今此処に居る…それだけで僕には十分です」
『紫義…』
…紫義の腕の中は本当に心地良くて…
ずっとこうして居られたらどんなに幸福だろう…って、そんな事を思ってしまう。
──それは決して、叶わない願いだけれど──…
『──くしゅんっ!』
「…風邪ですか?」
『ん~…そうかも…』
気の抜けたような声で返事をする私に、紫義は呆れたように笑いながら言葉を返してくる。
「こんな天気の日にそんな薄着で歩いたりするからですよ」
確かに、紫義の言う通り私の格好はとても保温効果のある服装とは言えなかった。
いつもの制服に、陣営を出る時兵士の人から手渡された肩から膝下までを包み込む事の出来る厚手のマント…
そんな自分の姿を何気なく見ていると、隣に座る紫義は自分のマントを外し始めた。
今日ばかりは紫義もいつもの紫色のマントではなく、私と同じように丈の長いマントを身につけている。
『……紫義?』
私が問い掛けようとした時には既にマントを外し終え、今度は私のマントに手をかけていた。
──ふわ…っ
紫義は私からマントを外すと2枚を重ね合わせ、私を背後から抱きしめるようにして自分自身と私を包み込んだ。
「こうすれば…少しは暖かいでしょう」
──ドキン…
背中に感じる紫義の体温と、耳元で聞こえる紫義の声に、胸が大きく高鳴った。
『そ…そうだね…』
緊張で息が詰まりそうになりながらも、なんとか紫義の言葉に相づちをうってみる。
けれど暖かいを通り越して、熱いくらいに自分の体温が急激に上がっていくのが解った。
……こ…この体勢のまま朝までいるのかな…
そんな事が唐突に脳裏に浮かび、想像しただけでなんだか気が遠くなって来た。
『…あ…あの…紫義…?
疲れたら、離れても大丈夫だからね…?』
「──麻理子は、僕にこうされるのは嫌ですか…?」
『え…っ!!』
紫義に抱きしめられるのはもちろん嫌なんかじゃない。
けれど、それでもこんな状態が長時間続いたら本当に倒れてしまいそうな気がする。
『そ…そんな事ない!
だけど…この体勢じゃ紫義が大変そうだなぁ…って…思ったり…とか…』
正直に"恥ずかしい"とも言えず、何か良い言い訳がないかと考えながら口を濁らせていたけれど、直後の紫義の言葉が私の思考をあっさりと停止させてしまう。
「──僕は、嬉しいですよ?」
『……ぇ…』
全く予想外の紫義の言葉に、私の口からはかすれそうな声しか出なかった。
「こんな時に…不謹慎だとは解っています…
けれど、陣営では麻理子と二人で過ごせる時間はそうありませんから……」
『…………』
そんな事を言われてしまったらもう私には何も言い返せるはずなんて無い。
──紫義は…いつも周りにばっかり目を向けていて、自分の為に誰かに何かを求めるような事なんて決して無くて……
そんな紫義がまるで甘えるかのような言葉を口にするなんて、思ってもみなかった。
紫義の言葉が耳鳴りのように何度も繰り返し頭に響いて、その度に言いようの無い愛しさが込み上げて来る。
──あぁ、やっぱりこの人の事が大好きなんだ…
そんな事を改めて思い知らされたような気がした。
『…紫義…』
私は自分の首に回された紫義の手をそっと握りしめながら、心に浮かんでくる言葉をそのまま声に出し始める。
『紫義が抱えているもの、私も一緒に抱えてあげられたら良いのに…って、いつも思ってた。
だけど私はドジばっかりで、逆に迷惑かけてばっかりで…
こんなんじゃ、一緒に抱えるなんて偉そうな事は言えないや…』
「麻理子…僕は──」
紫義が慌てて何かを言おうとしたけど、私はあえてその言葉を塞ぐように、言葉を続けた。
『だけど、紫義が疲れた時には重い荷物を降ろせるような、そんな場所にならなれるかな。』
「………」
『私は紫義の部下でも上司でも無いんだから、私の前でくらい抱えてる物全部降ろして、ゆっくり休んでよ』
紫義を振り返って、強気に笑って言ってみたけれど、そこまで言ってふと気付いた。
『あ…でも私が紫義の仕事増やしてるんだよね…
やっぱり偉そうな事言えないや…あはは……』
それに気付いたら急に自分の言った言葉が恥ずかしくなって、苦笑いでごまかしてみた。
「……麻理子は…暖かいですね…」
紫義はそう言って、私の肩に強く顔を埋めて来た。
『紫義…?』
「僕が暖めたかったはずなのに…
逆に僕の方が麻理子の温もりに暖められている……」
『…じゃあ私…ちょっとは役にたてた…?』
私がそう問い掛けると、紫義はくすくすと笑いながら言葉を返して来た。
「えぇ…貴女が居てくれて良かった…
ありがとう…麻理子…」
『そっか…!』
私が満足そうに笑うと、紫義はそれに応えるように微笑み、優しいキスの雨を降らせた。
「──麻理子…
また…僕を暖めてくれますか…?」
『…うん…いいよ…』
End
~あとがき~
はい!最後まで読んで頂いてありがとうございますm(_ _)mそしてお疲れ様でした(*^_^*)
前作から随分と時間がかかってしまって本当にすいませんιι
今回は愛内里菜の【Deep Freeze】を聴きながら書きました♪
ちょっと話の内容も曲の影響を受けてます。
二人きりで暖め合う話を書いてみようと思ったのですが、いかがでしょうか…?(汗)
もっとグッと来る萌え台詞なんかを使いこなせるようになりたいです(;_;)
この話の後二人は何も無かったんでしょうかね…(ドキドキvV)
何かあったかもしれませんがその辺は皆様のご想像にお任せします(^-^;