祭のじかん

 

 

 

 

 

 

 

 

───漆黒の闇の中、ぽつぽつとうす明かりが浮かんでいる。



虫の音に混じって時折遠くから聴こえる太鼓の響きが、何故だか少しだけ、懐かしさと切なさを孕んでいた……









『もぉぉぉ~~ッ!!
緋鉛ってばどれだけ飲むつもりなのよッ!!!』

宿営地から一番近い村へと向かう道の途中。

決して広くは無い山道に私の叫び声が木霊した。

握り締めた手の中には、緋鉛に渡されたメモが一枚。

恨めしく思いながらそれを睨みつけると、そこには数種類のお酒の名前がびっしりと書いてあった。

『こんなに沢山……
私一人でどうやって運べってゆうのよッ!!!』

再び怒声を発すると、何処かで鳥がばさばさと飛び立って行く音が聞こえた。






───事の起こりは1時間程前。

自分に任された雑用なんかの仕事を終えて天幕へと戻る途中、いつに無く上機嫌な緋鉛が私に話しかけて来た。

「よォ麻理子!
仕事はもう終わったのか?」

『うん、今日はそんなに沢山無かったから』

「そうか。
そーいやお前、祭とか好きか?」

ずいぶん唐突な質問だと思いながらも、あまり深くは考えずに素直に頷いて見せると、緋鉛は更に気を良くしたかのようににこやかに話を続けて来た。

「なら丁度良かった。
今日はこの宿営地から山道を下りて少し行った村で祭があるんだよ。
麻理子、そういうの行ってみたいだろ?」

初めは緋鉛の言葉に裏が無いか注意しながら聞いていたけれど、まるで"お祭り"とゆう言葉に酔ってしまったかのように、私の心は無意識にふわふわと弾み出し、気付いた時には『行きたい!』と力一杯答えてしまっていた。

「じゃあいつも頑張ってタダ働きをしている麻理子に、優し~い俺が駄賃をくれてやろう!」

そう言って緋鉛は私の手にチャリンチャリン、とお金を落としてくれた。

『え!?
いいの?こんなに貰っちゃって……!!』

「あぁ、祭なんかいつでも行けるもんじゃねぇからな。
骨休めと思って目一杯楽しんで来いよ」

『緋鉛……』

「つー訳で俺への土産はコレでいいからな!」

そう言って緋鉛は四つ折にされたメモを私の手の中に滑り込ませて来た。

『…………?』

「あー、そろそろ行かねぇと祭始まっちまうぜ?
メモの中身は大したもんじゃねぇから歩きながらゆっくり見ろよ。な?」

メモの中を見ようと広げかけた私を制すように、緋鉛は私の背中を押して促して来た。

『あ、そうか。
じゃあ行って来るね!』

素直に緋鉛の言葉に従い、私は村への道を歩き始め───そうして今に至る。




道をだいぶ進んでから開いてみたメモには例の酒名の羅列。

『……結局自分が行くの面倒だから私に買って来いって事ね…』

もはや騙された以外の何物でもないであろう事実を、私は受け入れるしか無かった。

騙された事は勿論悔しかったけれど、それでもお祭は見てみたかったから。

暮れ始めた空の下に、ぼんやりと提灯の明かりが浮かび始めていて、それを前にして道を引き返す気にはどうしてもなれなかったのだ。









村の入口に差し掛かる頃にはすっかり日が落ち、提灯の明かりが一段と際立って綺麗だった。

耳に入るのは人々のざわめきと太鼓や笛の音。

大地を通して体に響く太鼓の音は、まるで生き物の鼓動のよう。

あるいは自分の心臓が高鳴っているような錯覚さえ覚える。

日常に生まれた非日常な世界は、人を惹き付けるには充分過ぎる力を持っていた。





目に映る総ての物に心を奪われるまま、祭囃しの中を一人歩いて行くと、突然背後から知らない声が聞こえて来た。

「姉ちゃんせっかくの祭なのに一人かい?
誰も相手がいねェなら俺達が付き合ってやろうか?」

『いいえ、結構です』

軽く流すように言い放って、足早にその場を立ち去ろうとした瞬間、いつの間にか数人の男達が自分を取り囲んでいる事に気付いた。

「いいじゃねェか。
どうせヒマなんだろ?」

そう言いながら男の一人が私の肩に手を伸ばして来た。

『つ…連れがいますから!』

後ずさりしながら、少しでも男との距離を離そうと試みるが、その努力も空しく四方八方から男達がじりじりと私への距離を縮めて来る。

「解りやすい嘘をつくんじゃねェよ。
さっきから見てたけどずっと一人だっただろ?
何処に連れが居るってんだよ!」

にやにやと笑いながら伸びてくる男の手が目前に迫り、思わず目を固く閉じたその瞬間。



「───此処に居ます」



聞き覚えのある声に、自分の胸が大きく高鳴ったのが解った。

「僕が彼女の連れですが…
彼女に何か用ですか?」
閉じた瞼をゆっくりと開けると、目の前には男の人の後ろ姿。

いつの間にか私を取り囲んでいた男達を押し退けて私を庇うようにして立っている。

薄暗くても、後ろ姿でも、それが誰かなんて私には一瞬で判る。

『………紫義…』

私はぽつりとその人の名前を呼んでみたけれど、彼が言葉を発する前に男達は一斉に紫義に向かって飛び出して来ていた。

拳を突き出す者、棒きれのような物を構える者、中には小刀を握っている者までいるようだった。

『────ッ!!!』

突然の出来事に、思わず硬く目を閉じる私。

その瞬間に、ヒュンッと風を斬る音が耳に入った。

「…ぐぁ…ッ」

男達の小さな呻き声。

続いて聞こえて来たのは複数の物がドサリと地面に崩れ落ちる音だった。

僅かな間を置いて瞼を開くと、つい先程紫義に向かって来た男達が全員苦しそうに腹部を抱えて地面にうずくまっている光景が目に入る。

『………え…』

「────大した怪我ではありませんから、一刻も経たずに動けるようになるでしょう。
運の良い方々です。
本来ならばこの程度では済みませんが…
このような場所であまり騒ぎを大きくすると後々面倒ですからね…」

紫義は、いつの間に取り出していたのか、鞭状の武器を手にしていた。

恐らくさっきの風を切る音の正体もこれなんだろう。

そんな事を考えながらぼんやりと立ち尽くす私に、紫義はちらりと目をやると手にしていたそれを一降りし、その形状を棒状に戻して普段と同じように腰に下げながら私の方へと体を向けた。










『あ…あの…ありがとう紫義───』

とりあえずお礼を、と思ったのだが、紫義から帰って来たのは深く、長いため息だった。

「───まったく、お人好しにも程がありますよ?麻理子」

『え……あっ……!』

つかつかと近付いて来たかと思うと、紫義はほんの僅かな動きでいとも簡単に私の手からメモを奪い取っていた。

「こんなに沢山の酒…女性がたった一人で、一体どうやって持ち帰るつもりだったのですか?」

『う…。で、でもなんとかなるかなーって…』

「なるのですか?」

『………ならない…です……』

紫義のやや威圧的な問い掛けと視線にあっさり降参してしまった私の頭に、ぽん。と優しく手を乗せると、紫義は苦笑しながらも言葉を繋いでくれた。

「───それでは、とりあえず二人で持てる分だけ、買って戻りましょうか…」

『うん……!』





紫義に続いて、村の中心へと進んで行くと、私の視覚と聴覚は目の前に広がる祭の風景にすっかり支配されてしまっていた。

賑わう人々が行き交う通りには大きな布がいくつも広げられ、その上にはこの村の民族に伝わる物なのか、独特の模様が描かれた織物や美しく染め上げられた小物。

おそらくは元の世界で言う屋台のような物なのだろう。

そんな事が頭の片隅に浮かんだが、とりあえず私は前を歩く紫義に置いて行かれないように気をつけながら歩いて行く。

しかし、気が付けば次々と目に留まる今まで見た事の無い物達に心を奪われるように、足を止めてまでも魅入っている自分自身がそこには居た。

「───随分楽しそうですね」

『……あ…...』

顔を上げると、少しだけ離れた場所から微笑って私を見ている紫義の姿。

慌てて紫義の所まで走って行き、ごめんね、と謝ってみたけれど、紫義はそれ程気にしている様子も無く、必死に呼吸を整える私に向かって笑いながら話かけて来た。

「祭はそんなに珍しいですか?」

『ううん。違うの。
お祭自体は私の世界にもあったんだけど、お店に売られてる物が凄くキレイだったから…つい……』

「そうですか。
麻理子の世界にも祭はあるのですね。」

『うん。雰囲気もこんな感じで良く似てる。
友達と一緒に色んな屋台を巡って、騒いで……
そして少しだけ…憧れてたなぁ…』

「憧れ……?」

『うん。いつか好きな人と二人で、手を繋いでお祭り…行きたいなぁ…とか───』

当時の自分は、その相手が一体どんな人物なのか想像すら難しかったけれど、今なら脳裏に浮かぶ、愛おしい人はたった一人……

ちらりと視線だけを“その人”にやると、彼は僅かに目を伏せて何かを考えているようだった。



………もしかして…聞いてなかった……?



紫義と手を繋いで歩きたい…とゆう微かな訴えだったのだが、当の本人の意識は違う所に向けられている様子。

はぁ…
なかなか自分の思うように事が運ばないのが人生だ、とがっくり肩を落として自分に言い聞かせ、私と紫義は目的の酒屋さんへと足を踏み入れた。









『───さて…と。これだけ買って行けば緋鉛の気も少しは済むかな。』
どすん、と大きな音を立てて私は幾つかの酒瓶を台の上に並べる。

「そうですね。これだけあれば緋鉛の気も済むでしょう。」

紫義の同意も得られたので、私はそのままお店のおじさんに会計を頼む事にした。

「…麻理子、それでは僕は荷物を持って先に表に出ていますよ」

『うん。ありがとう紫義。』

そんな会話の後に、紫義は大量の酒瓶を手にお店の外へと出て行った。


支払いを終えて、店の外に出ると両手に荷物を抱えた紫義が立っていた。

小走りに駆けて紫義のそばへと歩み寄り、私は手を差し出し、紫義の持つ荷物の半分を請け負う意志を示して見せた。

「酒瓶は少し重いですよ?」

『平気!毎日川から夜営地まで水運んで鍛えてるから!!』

そう言って力こぶを作る仕草をして見せると、紫義はくすり、と淡い笑みを浮かべ、「では、お願いします」と、僅かでも軽い方の瓶が入った荷物を私に手渡してくれた。

『よぅし!用事も済んだし、早く帰らなきゃね!』

「───麻理子。」

『え……?』

荷物を受け取り、夜営地へと続く道を進もうとした私に、紫義は荷物を持っていない方の手を、私の前に差し出して来た。

『…………?』

紫義の意図が掴めず、視線を紫義の手から紫義の顔へと移してみる。

そこにはいつものポーカーフェイスは無く、ただ、やわらかい微笑だけが浮かんでいた。





「…手を繋ぐ相手は…僕でも構いませんか…?」

『────………!』





聞いててくれた……






ちゃんと、さっきの私の言葉を、紫義は受け止めていてくれたんだ……



そんな単純な事が嬉しくて…

嬉しくて、たまらなかった。


思わず潤んでしまう目を隠したくて、私は紫義の差し出した手を取ってそのまま紫義の肩に自分の額を押し当てる。


「どうしましたか……?麻理子」

『ううん…なんでもない…』





知ってるくせに…

私が泣いてる事も、どうして泣いているかも、本当は全部知っているくせに……

紫義はそうやって、何も知らないふりをするんだ。

だから余計に涙が出てくる……



『ありがと……』

小さく呟いた私の言葉に気付いているのかいないのか、紫義は何も云わずにただぎゅ…っと、私の手を握ってくれていた。

夜の闇に冷やされた風がさわさわと流れる中で、繋いだ手の平に閉じ込められた互いの熱だけが温かい……










『なんか、もったいないなぁ……』

「……?」

『野営地に戻ったら…せっかく繋いだ手を離さなきゃいけなくなっちゃうもん…』

涙の引いた瞳を上げて、悪戯っぽく笑って何気なく言った一言。

何かを期待した訳でも、
何かを求めた訳でも無かった。



けれど。



紫義は私の言葉が終わるのとほぼ同時に、自らの体を僅かに屈め、私の頬にとてもとてもささやかな───



キスを、落とした。








「─────…」

頬に優しく触れた唇は、私の耳元に小さな小さな囁きを残して離れて行く。






『───……』

無言で見上げた先には、数多の灯に浮かび上がった僅かな色めきをたたえた優しい微笑み。

祭を彩るはずの灯は、今だけは紫義の為だけに用意された光のイルミネーションのよう。

沢山の灯を纏いながら真っ直ぐに私を見つめる紫義の瞳はとても綺麗で…

ほんの数秒前の囁きが瞳を通じてもう一度、
伝わって来た気がした。














“───たとえ”



“目に視える繋がりが途切れようと、僕達は永遠に繋がっています───……”










……うん。



そうだね、紫義。






いつか、この手を本当に離す時がやって来たとしても…

きっと私達、ずっと繋がっていられるよね…?



そんな想いを込めて見つめ返すと、視線の先に居る紫義は、ただ……

ふわり、と笑ってくれた。










───気がつけば、村を賑わせていた喧騒はいつの間にか散り散りになり、村は穏やかさを取り戻しつつあるようだった。





『ねぇ、紫義…』

「…なんですか?麻理子。」

『野営地に着くまでの間───』





───たとえば祭のじかんが終わりを告げて



村がまるで、何事も無かったかのように、本来の姿へと還ってゆく。



そんな風に。



今は繋がっているこの手も、いつかは離れてしまうのだろうけど……








『それまではずっと…
手を繋いでいても…良い、かな…?』





───道の端には、
家路を急ぐ人々の足音。





終わる祭に、少しだけ、寂しそうな子供達の声。




そんな人々には目をくれず、紫義は笑顔のままで、こう云った。




「───えぇ、もちろんですよ……麻理子…」






紫義の言葉に、私はへへっと笑って、立ち止まっていた足を一歩、前に踏み出した。



『……帰ろう、紫義。』

「ええ、そうですね…」





──歩き出した道の途中
擦れ違う人々。



祭の中に訪れるのは
一瞬の出逢い。



その場限りの、
儚い交わり……



だけど私は…
紫義に出逢えて良かった。



たとえこれが



ただ通り過ぎていくだけの思い出だとしても。



だからね、紫義。



今だけは……
手を繋いでいようよ……



End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~あとがき~

お疲れさまでした。
今回は夏祭りをテーマにまた少しせつなめで書いてみましたがいかがでしょうか?

紫義と麻理子はやはり永遠では無いからこそ儚くも美しいのでは無いかなぁなんて思いつつ書いていました。
きっと元の世界に麻理子が戻ったあとも、二人は何かで繋がっているに違いありません。

ちなみにこの小説はGARNET CROWの『祭のじかん』と大塚愛の『プラネタリウム』を聴きながら書いていました。

お祭りの独特の雰囲気はとても好きです。
なのでまたお祭りネタの小説を書くかもしれませんがその時はまたよろしくお願いします(笑)


実はこの小説はキリリク小説として書いていたのですが内容が2転3転どころか10転ぐらいした挙げ句、容量が結構大きくなってしまって、これをキリリク小説にしてしまうと他のキリリク小説と比べて若干不公平になってしまう気がしたので通常の小説としてアップする事にしました(―ω―;)

色んな意味で難産な作品でした...。

2007.09.10.